• 2012.12.9

鋸山で、石切り職人をたどる ー前編

121209noko01富津市金谷『鈴木家住宅石垣』(国登録有形文化財)

石(いし)…。

少年の頃、水面につるつるした石を勢いよく滑らせるように投げて、水の上を跳ねらせたあの日。あのとき手に持った、滑らかでありながらしっとり冷たい不思議な石の感触

母の田舎へ帰省した折、一緒に川へ行って手にしてきた”漬物石”。その大きさの割にずっしりと重く、10本の指にしっかりと力を入れていないと指が広がりそうなあの感覚。少しざらざらした、そしてひんやりとしたあの無機質な存在感

登山に行った時、ぼくには決して登ることのできない、人を拒絶するような、あのなんとも言えない色をした一枚岩の絶壁。まさに石の集合体。

石は私たちの生活の身近なところに存在していて生活に欠かすことのできないものであることを認めなければいけませんね。

現代は建築物はコンクリートが主流。でもそのコンクリートを固めるためには石のような硬い骨材がなければ機能しません。石はすんごいです(笑) 。

トップに掲載した、立派な石垣の写真をご覧ください。ひとつの重さが約80キロもあると言われている『金谷石』で建造されています。しかもそのひとつひとつが、人の手によって切りだされたというではありませんか。大正時代の写真も残っています。

今回、この『金谷石』がどこでどのように切りだされたのか “石切職人の道”をたどるツアーに参加する機会をいただきました。では皆さんをそこへご案内いたしましょう。

鋸山ロープウェー

鋸山ロープウェー

 

 

まず、こちら。石切りの旅には欠かせない乗り物『鋸山ロープウェー(1962年、昭和37年開通)』に乗ってしばしの空中散歩を楽しみましょう。このツアーは石が生産された場所、すなわち『鋸山』の存在なしでは語り尽くすことができません。石切りと鋸山の名前には大いに関係があります。

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このレトロな切符をにぎりしめて空中に繰り出すのは…。

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こちらのゴンドラです! なんともノスタルジックではありませんか。

この車両(ゴンドラ)昭和61年製造なんですよ! 日本車輌製造株式会社の製造です。なんとあの”N700系のぞみ“などを作っている会社です。

このゴンドラ、一見小さく見えますが車掌さんを含めて41人も乗れるんですよ!

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その様子がこちら。ぎゅうぎゅうです(笑)。

もっともこの日は三連休の最終日、しかも前日は天気が荒れていてどうなるかな、と思っていたのに朝から真っ青な青空に恵まれてたくさんのお客さんが来ていました。そのため通常15分間隔のところを5分間隔で運転してました。

しかし、残念なような嬉しいようなお知らせがひとつあります。そう、もうこのノスタルジックなゴンドラには乗ることができないのです。今月の11、12日に新しいゴンドラに掛け替える作業が行わる予定になっているからです(新旧交代の様子はあらためてお知らせできると思います)。

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約4分の所要時間、山頂駅が目の前に迫って来ましたよ。あっという間ですね。当たり前ですがご乗車の皆さんの足の下は宙ぶらりんです。考えてみるとロープウェーってとてもスリリングな乗りものですよね。『めざせ!日本のロープウェイ完全乗車…日本のロープウェー一覧』というブログ記事によると、日本のロープウェイの数は83ヶ所、その中で関東には13ヶ所あります。関東で一番多いのは群馬県で5ヶ所、千葉県では鋸山ロープウェーが唯一です。

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さあ、山頂駅です。安全上、降りたところからは撮影はできないためこの写真は後ろ側からのものです。屋内にはレストランなどがあります。屋上は展望台になっており、そこからの眺めは絶景です。

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ほら、見てください! いい眺めですよね。目の前に広がるのは東京湾で、この日は三浦半島、その向こうに伊豆半島相模湾、白くなった富士山大島、そして右側は横浜アクアライン、そしてなんと、スカイツリーまで見えましたよ! タイミングがいいと、右側の金谷港からフェリーが出入りするのが見えます。

対岸の横須賀までは約10キロメートルの距離があるそうですが、昔はこの距離で遠泳大会みたいなのがあって、泳いで対岸まで行ったそうです。ただ、泳者が方向がわからなくなって逸れてしまい、船でその人たちを拾いに行くのが大変だったとか。

陸の交通網が発達する前は海上の行き来が活発で(そのほうが速かった)親戚づきあいも多かったそうです。当然ながら金谷の石材もこの海を渡ったわけですね。

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金谷ストーンコミュニティー 鈴木裕士氏による案内

 

山頂駅には石切りにまつわる資料が展示されています。昨年訪れた時よりもとても整然と展示がなされていて、誰が見てもこの鋸山の歴史をざっと知ることができるものです。ここで予備知識を得てからひと通りの鋸山ルートを回るなら、この日一日のこの山域での楽しみ方がより充実すること請け合いです。

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先人たちの流した汗が染み込んだ道具の数々をご覧ください。実際には血が滲んだこともあったことでしょう。先人たちはこのような道具を駆使して、石を切り出したのです。昭和に入って機械化がなされるまでは、すべての金谷石の石材はこれらの道具によって刻まれました。

『鋸山』の本当の名前は『乾坤山(けんこんざん)』と言い、もともとこの山は霊山で、今でも1300年の歴史を持つ日本寺というお寺があります。ではなぜ現在は『鋸山』と呼ばれているのでしょうか。石切りの道との関係が見えてきましたか?

中編後編の記事もお楽しみください!

 

[金谷ストーンコミュニティー]
[鋸山ロープウェー]

 

(Ken)

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